サル@マガ

2009.12.10

愛河里花子

移籍もしたことだし、記念にカミングアウトしよう。

私は、出身地をプチ詐称していた。

「出身地は?」と聞かれたら、瞳キラリで「横浜です。」と答えていた。

確かに生まれた瞬間は、横浜。

思春期以降、親元を離れるまで横浜で育っているが、幼少期はどっぷり川崎で過ごしている。

どっちかっつーと出身地は「川崎」になるんじゃないかねー、これ。ごめん。

 

神奈川近辺の方以外は、あまりピンとこないかもだけど横浜出身と川崎出身じゃあ、ブランドイメージがゼンゼン違う。

武田と竹田くらい違う。

 

横浜=港・レンガ倉庫・外人墓地・おしゃれな街。

川崎=工場地帯・大機汚染・水質汚染・公害の町。みたいな。(注:あくまでも70年代当時のイメージね!)

 

でもね、道一本挟んで、横浜なとこに住んでたのよー。惜しいネー。

そしてね、工場とか周辺に全く無く、見渡せばザ・ドイナカ。畑。田んぼ。竹やぶ・牛小屋?みたいな。

むしろ工場憧れ、みたいなトコに住んでいたのよー。

なーんも無かったなー周り。ホントに。

 

ところが、ある日そのザ・ドイナカの竹やぶから2億円が発見されたのです。旧1万円札で。これほんと!

もしアレだったら、70年代の新聞探してみて!私写ってるかもだから。

で、その騒動聞きつけて、家族でいそいそ現場の竹やぶ観に行ったら、報道陣がいーっぱい。

さらにテキ屋さんなんか出ちゃってて、日本の底ヂカラに子供ながらカンドー。

近所の大人達も退屈な日々の思わぬスパイスに、はしゃいじゃってなんかお祭りみたいになってた。

んで、口々に「探せばまだあるんじゃない?」「探っそか?」なんて冗談混じりに別れの挨拶をして、三三五五家路に着いたんだー。

そしたら数日後。ほんとにまた大金が出てきてしまったんだよ!いくらだったか忘れたけど。

 

誰かが「もしや」に駆られて「まさか」に辿り着いたのネ。

今頃、どーしているかなー拾った人。

どーしてるかなーテキ屋さん。

 

昔に思いふける・・・。

 

愛河里花子

«  | TOP |  »